2022年06月08日

中町秋葉山常夜燈について

浅間通りの中町側入り口の赤鳥居
その脇にある常夜燈をごぞんじですか?
中町秋葉山常夜燈について

この場所にずっとあったのではありません。
かつては昭和37年に廃線になった路面電車の停留所で柳の木と共にシンボルだったそうです。現在の場所に移ったのは昭和46年でした。

秋葉山という小さな額が中町交差点がわにあります。
浜松市天竜区春野町秋葉山本宮秋葉神社火防の神様です。江戸時代には全国に秋葉講が結成され、街道は参詣者で賑わいました。安西5丁目、安西橋のたもとにもこのような常夜燈があります。この道は国道362号線で山を越え、川を越え、春野町へと続きます。この道が参詣ルートだったのでしょうか?

中町秋葉山常夜燈について

ところで、浅間通りの入口のランドマークとして赤鳥居と共に親しまれてきたこの常夜燈ですが、4年前の台風でかなり傷んでしましました。一刻も早い修復が必要となっています。台座の部分は静岡市の有形民俗文化財に指定されていますので、市と、保存管理を行う馬場町と中町の自治会、浅間通り商店街で修復について検討しているところなのです。

先日は、日本建築の研究者、新妻淳子先生(静岡文化芸術大准教授)が調査に来てくださいました。
内部の様子までじっくりご覧いただいたところ、屋根裏から、昔の修復時の棟札やのお札が続々と出てきました。
中町秋葉山常夜燈について

一番古いものはこの写真の江戸時代天保13(1842)年、再建にあたってのものです。再建とありますから、これより前からあったはずです。四ッ足町(現在の中町)が願主とあります。
中町秋葉山常夜燈について

大正時代、昭和初期のものもあり、昭和32年静岡国体を記念しての大修繕についての棟札が中では新しいものでした。世話人としてこの下に中町の人々の名前が書かれています。
中町秋葉山常夜燈について

これらのお札は駿州秋葉山のものでした。清水区にある秋葉山本坊峰本院にお参りしていたようです。写真の中の比較的新しく見えるものはポリ袋に入っていました。年号などは書かれていないのでいつ頃のものかはわかりません。

その後は昭和59年に地元の保存会により修復されました。ちょうど、台座が文化財に指定された時です。平成の後半には夜間に点灯するようになりました。

昔から地域の人々に守り継がれてきた文化財であることが確認できました。
火災は今も昔も恐ろしいものです。秋葉信仰というかたちではありますが、火事を出したくないという地域の願いを象徴する常夜燈だったのでしょう。


静岡浅間通り商店街ではこの秋葉山常夜燈保存活動に協力してまいります。

いつも目にしているのに何なのかはよく知らない、この常夜燈もそのひとつかもしれません。
商店街の歴史委員会では今後も深堀していきたいと思っています。なにか、情報をご存知の方、古い写真などりお持ちの方がございましたら、
静岡浅間通り商店街
yumemonzen@sengendori.com まで
お知らせください。宜しくお願いします。



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